リピート ヘルシンキ 2泊3日 夏バージョン

紀行文

                【 ブータンを諦めた】

 何年も前から私の悲願であった(コロナがなければ4年前に行けていたはずであった。)「イベリア航空成田ーマドリード直行便、ビジネスクラス」にこのたびようやく搭乗できる「予定」を得た。昨年末にこの路線が再開されるとの発表がなされ、私は早速その第一便に予約を入れた。それは今年の10月28日(月)である。帰国は11月3日(日)の予定である。しかしそのほかに私にはもう一回だけブータンに行っておきたいという思いがあった。なぜそれで最後みたいなことを言うのかというと、私や留守番をしてくれる夫の年齢のことがあり、来年以降は体力がかなり落ちるはずなのでもうやめた方がいいと思うしお金もこれ以上使わない方がいいからである。(介護費用がないじゃないか!と将来子供に言われそうである。)それに世界情勢などに関しても不安材料が多い。一年後、いや半年後でさえ平和な観光旅行が出来る状態でいるかどうか保障の限りではないと思う。

 しかしそのブータン旅行が近々には叶いそうもない様子となった。というのはいつも私がブータンに行く際にお世話になっている、南アジア旅行に強い「T」という旅行会社がコロナ以降「生きているのか死んでいるのか」判断が難しい状態になってきたからである。でもつぶれたというわけではなさそうで、スマホで連絡先を探し求めた結果、連絡がつくことはついて「お願いします。」「わかりました、後ほどまたご連絡申し上げます。」というやり取りがあったのだがその後ちっとも連絡が来ない。これは一年ほど前の話であるが、その後しばらくして再び問い合わせても返信がない。こちらもいろいろと忙しいのでいつまでもこの件に関わっているわけにはいかなくて、とりあえずもう見限って他を当たることにした。

 といってもブータンに行くのに他の旅行会社を頼む気はしない。「T」はブータン側の旅行会社とも深いつながりがあって私は全ての信頼をおいていたので今更全く知らない旅行会社に乗り換えても不安になるばかりである。それで旅行会社ではなく目的地を変更することにした。それが私が再びフィンランドに行くことを決めた理由である。ブータンの代替として考えられる目的地はどこかというと、フィンランドしか考えられなかった。なぜならまず行先は過去に一度以上行ったことのあるところがいい。落ち着いた無駄のない旅の計画がたてられる。そして今年の(そして最後の)海外旅行はあくまでもスペインがメインでこっちはおまけだからそう長い日数は取れない。お金はブータンへ行くのと同じくらいかかってもいい。(だからまたビジネスで行く。ブータンにはエコノミーで行ってもヨーロッパにビジネスで行くくらいお金がかかるのである。)私はもともと前に行ったことのあるところに繰り返し行くのが結構好きだし、それに前回のフィンランドは冬だったのだから今度は夏に行ってみるということで、目的地として最適ではないか。ホテルも前と同じところに二泊して、今度は長い昼間を利用して市内の美しいところをたっぷり歩き回ろう。それは二泊三日あれば十分できる、と考えた。

               【リピート・ヘルシンキ!】

 出発は6月24日(月)羽田21:50である。(帰国は6月28日の金曜日、羽田13:30)17:45ごろ家を出る。在宅の娘(「家事手伝い」中)と数十分後に帰宅する夫のために夕食を用意し、自分はちょっと遅いおやつを食べただけで出発。昔は羽田に向かう途中に品川の「アンナミラーズ」(今はもうない)に寄ったりしていたし前回のフィンランド行きの前にもそごうの9階に寄ったりした。しかしもうそういうことはやらないほうがいい。なぜなら搭乗後まもなく機内食が待っているのだ。それもビジネスクラスなのでエコノミーのものよりは幾分豪華である。たとえ空腹で臨んでも完食するのはおそらく無理だがそれでもできるだけ美味しくいただきたいものである。

 羽田の国際線ターミナルに着いたのが19:30,すぐにチェックインをすませる。もう搭乗者のエリアに行きさくらラウンジを利用しに行ってもいいことを確認して、外貨チェンジをどうしようかなと考えながら両替所に向かう。いくら両替すればいいのか?というのがちょっと悩みであった。前回は一万円分をユーロにして持って行ったが3000円か5000円分くらいしか使わなかった。それもあえて使ったから減っただけで、カードでも全く差支えなかったのである。でも本当に100%カードで済むのか?というとわからない。5000円だけ両替するか・・などと考えながら行くと両替所の行列のあまりの長さに驚いた。30人くらいいる?私は過去にここで5人以上の列を見たことがなかったので瞬間的に完全に並ぶ気をなくした。こんなのに並んでいたらせっかくの「さくらラウンジ」で過ごせる時間を失ってしまうじゃないか!そればかりか下手をすると飛行機に乗り遅れるかもしれないし・・。ああ、もうカードだけでいいや。きっとそれで何とかなるさというわけで今回はユーロの現金は全く持たずに出発することとなった。

 搭乗前の手続きをいろいろと済ませてビジネスクラス、ファーストクラスの搭乗者(ほかにもJALステイタス会員、ワンワールドステイタス会員・・などなど利用可能な条件はいろいろあるようだ)が利用可能なさくらラウンジに向かった。前回ももちろん利用させてもらった。無料でいただける食事も用意されているのでそのうちそれもぜひ利用してみたいものだと思うが、今回はコーラだけいただいた。(前回もジュースだけ。)今満腹になっては困るからである。そしてほぼ予定通り(10分か20分くらい遅れた気がする)私を乗せた飛行機はフィンランドに向けて飛び立った。

      さくらラウンジでコーラだけいただいた。

 再びのビジネスクラスである♡(もうエコノミーには戻れない?いや、短時間とか昼間なら大丈夫である)離陸前にもウェルカムドリンクのサービスがあり(これは助かる。けっこう喉がかわくのである。)私はブルーベリージュースをいただく。そしてそのグラスは離陸前にはちゃんと回収される。CAさんたち本当に激務だと思い感謝に堪えない。それに機内には何百人もの乗客がいるのにそれだけの人数分の食料をどこかにある工場で製造して運搬、搬入して(どれだけ合理的に整理されているのか)いろいろなことに気を配りながら配膳や片づけをやるシステムや手間については想像しきれないほどだ。飛行機の内部、外部で働いていらっしゃる方々のことを考えると本当に尊敬と感謝しかない。それ以前に一番当たり前のこと、大きな機体を何千キロも先まで何の問題もなく予定通りに運んでくれることだけでも御の字なのに!

        ビジネスクラスに搭乗!

       ウェルカムドリンクのブルーベリージュース

  離陸後のサービス、アーモンドとリンゴジュース、大変美味♡♡

      初めの機内食、日本時間だと24:00ごろ

    二度目の機内食、フィンランド時間で3:00ごろ

      こういうのを眺めて過ごすのが大好き

 往路の私の席は窓際でビジネスのエリアの最後部でありトイレがすぐ近くだったのは幸いだった。(ビジネスクラスであるとはいえそうたびたびトイレに行くのは気が引けるものである。)しかし今回なぜか私はよく眠れなかった。頭の一部は眠っていたのかもしれないので何とかなるか・・・と考えていたが到着まであと3,4時間のころに足がつってなかなか治らなかったのには参った。体を横に出来るとはいえちゃんとベッドや布団に寝るのとは違って姿勢に不自然な点があるのだろう。でもビジネスで十分だ。ファーストクラスだったらどうか?なんて全く思わない。

 現地時間の4:10ごろヘルシンキに到着した。入国手続きもろもろはわりと問題なく進んだ。歩いていく通路にも何となく見覚えがある感じがした。ところで入国時のパスポートチェックの時、係官は前回は仏頂面の若い女性だったが今回は普通のオジサン的な中年男性だった。前回も多分そうだったのであろうが、私がこの国でたった二泊だけしてまた日本に舞い戻ってしまうというところでかなり怪訝に思われたらしい。おそらく相当高い金額を支払ってはるばる東の果ての国からやってきたのにたった二泊で帰る?何故?と。まあそう思われる気持ちはわかるけど仕方がないのだ。ただの主婦とはいえ私も日本人、長期の旅行をするのが難しいというシガラミがいろいろあるのだ。それに滞在長くななるともっとお金がかかるしねぇ・・。それでも無事に入国となり駅でいうとコンコースみたいなところに出る。懐かしい~。

        到着ロビーに出た所

                 【市内歩き・復習と予習】

 そのコンコースのようなところで椅子を探してちょっと休んでいたが5:00になり市街に向かう電車が動き出すので乗り場に向かう。長い下りのエスカレーター、これも懐かしい。そして乗車するホームに券売機がある。「英語」を選択し、問題なくカードで購入。デビットカードなのですぐにスマホで出金の確認ができる。「できた!」前回苦労した成果である。

     電車の乗り場に向かうエスカレーター

     ヘルシンキ駅に向かう電車の車内

         車窓から

    ヘルシンキ駅に到着。ホームのどん詰まりが駅舎。

 電車内で座席ごとにコンセントがあるのに気が付きスマホの充電をしてみる。当然だけどちゃんとできてまた一つ「やったぜ!」な気分。そして30分くらいでヘルシンキ駅に到着。前回来た時にはまだ夜明けの4時間も前だったが今回はすっかり昼間だ。(ヘルシンキの12月の日の出は10:00ごろ。6月の日の出は4:00ごろ。)トイレ(有料である)に行く必要はまだないので歩き始める。「ストックマン」というデパートと、また泊まる予定である「ホテルA」と前回食事に行った「K食堂」と、有名なのでそのうち行ってみようと思っているカフェ「アンダンテ」と「S食堂」を確認。ゆっくり休み休み歩いているのだがけっこう疲れる。そしてそのうちトイレに行きたくなったので駅に戻って場所はもうすっかりわかっているトイレに行く。(支払いはカード限定)終了後にスマホで口座からの出金の確認をしたのだが179円ですと!今1ユーロって179円もするんかい!?トイレに一回行くと179円!

  ヘルシンキ駅のキヨスク。左の方に前進するとトイレに下る階段がある。

 それに北欧だから仕方がないのかもしれないがキヨスクで売っているいろいろな商品の何もかもが非常に高い。品数の点では私が以前にドイツやフランスやスペインのキヨスクで見たよりも種類が多かったような気がするが高いのは困る!日本のコンビニでなら350円か400円で売っているくらいのサンドイッチが5~6€だ。ほとんど1000円じゃん!?日本でなら100円前後の小さい飲み物も3€前後するので買う気がしない。(外国人が日本のコンビニを絶賛するのもむべなるかな、である。)それで腹ごしらえをするためには家から持ってきたクラッカーとキヨスクでやっと見つけた1.5ユーロの野菜ジュースで済ませた。朝3時ごろに機内食で出たパンとハムとチーズとレタスをタッパーに入れて持ち出したものを持参していたがこれはホテルに入ってから部屋で落ち着いて食べたかったので昼食用としてキープすることにした。

 町で見かけた。日本の物を扱っているようだったが早朝だったのでまだ開店前。

 そのあとも私はいろいろとあちこちを歩き回った。美しい公園、小ぢんまりとした波止場、美しい建物が立ち並ぶ街路・・・、でも言ってみればそれだけだ。いや、私はそういうのが大好きだから「それだけ」なのが嫌なわけではないし特に私は買い物や食事を旅の主要目的にはしていないので「それだけ」で構わないのだが、こういうところを歩き回って午前中の6時間いっぱいを潰すのは大変なことだったのだ。杖を突きながらゆっくりゆっくり歩き、ベンチを見つければ座って休み・・という感じなのだが時間はなかなか経たない。楽しいことは楽しいのだが長すぎて間が持たない。幸い朝8時ごろヘルシンキ駅でトイレに行って以来また行きたくなることはなく11時過ぎまでキープすることができた。しかし時間はなかなか経たない。「まだ一時間しかたっていないのか・・・。」

   名前はわからないが、ホテルに向かう途中にある公園

 なぜ時間を潰さなくてはいけないのかというと流石に朝9時とか10時とかにホテルにチェックインするのはダメなんじゃないかと思ったからである。前回は12時ごろ行ったらOKだったが普通は15時ごろではないだろうか?韓国のソウルの東横インでは16時だった。ちなみに前回ヘルシンキのそのホテルで「チェックアウトは何時までに?」と尋ねてみたら12時だと言われた。それだけゆっくりさせていただければ最終日のトイレ問題は解決できて本当に助かることだが、でも12時まで粘るということは私の心情的にはちょっと心苦しい。「本当は早く部屋の掃除とか、してしまいたいよね?」と思ってしまう。だからチェックインもあまり早いと迷惑に違いない。だから12時まではなんとか頑張ろうと思う。しかしやはり11時を過ぎるとそろそろトイレに行きたいし、お腹もすいてきたし(早く部屋で「弁当」を食べたい!)脚も疲れを訴えてくる。少しだけ早く行ってみようかなあ・・と私は逡巡する。

      スウェーデン劇場のところの広場

       エスプラナーディ公園。以下2枚同じ。

 疲れる原因のもう一つは背中の荷物である。8年前に15㎏の荷を背負ってスペインを歩いてみて死ぬ思いをした私だが6年前には5㎏に減らして出かけて問題なく100㎞超を歩いてきた。しかし今や背中にあるのはたったの3.5㎏で、それもただ市街地をゆっくりぶらぶらしているだけである。何という体力の下落ぶりであろうか!情けないことこの上ない。しかし70歳にもなったら体力が失われていくのは自然なことに違いない。

         ここも公園の続き

     少し東に歩くと波止場があった。以下6枚同じ

       ここもエスプラナーディ公園

          旗を掲げている建物、日本大使館です。

      またエスプラナーディ公園が3枚

     ここは違う小さい公園。以下一枚も。

      確信はないが聖ヨハネス教会かもしれない。  

    教会の前庭にカモメらしき鳥がいた。近寄っても逃げない。

                  【スオメンリンナ】

 結局ホテルには11:45ごろに行ってみたらちゃんと手続きをさせてくれて受け入れていただけた。書類の記入などの作業で時間を費やしたので部屋に入った時にはもう12時を過ぎていた。

 私は今日の午前中に頑張って散策を続けながらあることを考えていた。どうやら私が今回の旅で計画していた市街地の散策という目的は入国後初日の午前中でほとんど果たしてしまったようであった。だから明日の観光のために何か別の目的を考えておかなくてはならない。そこで私はガイドブックをよく読んで検討することにした。するとヘルシンキからフェリーでたった15分で行けるという「スオメンリンナ」という名のとても手ごろな観光名所の島が見つかった。

 いや、正確に言えば今まで私はその記事に気づかなかったわけではない。そういう場所があることはすでにガイドブックを何度も見て知っていた。しかしこれまでその場所に対して全く興味が湧かなかった。そしてその時も「ぜひここに行ってみたい!」と思ったわけではなかった。「まあここでいいかな。間違いなく安全に時間を潰すにはちょうどいいかも・・。」くらいの感じだった。しかし実際に行ってみたら・・・!!もう素晴らしく美しいところだった。まるでこの世の天国だと思った。ここで暗くなるまで(23:00まで?)過ごしてもいいと思ったくらいである。ガイドブックの執筆者の方、表現力が不足してますよ?それともあまり日本人が大量に押し寄せると困るから配慮しての記述?尤もこれはたまたま私がそう感じただけで他の多くの人たちにとっては「ちょっと綺麗なところだね。」くらいな感じなのかもしれないが。でも私は推しに推す!「誰しももし夏にヘルシンキを訪れるなら、そして半日以上の自由時間があるのならスオメンリンナに行ってみないという手はありません!!」詳しくはよく26日の記録をお読みいただきたい。

              【ホテルの部屋が暑い!】

 ところでホテルの話である。ホテルは前回来た時と全く同じところにお願いした。そのホテルの雰囲気はどちらかというと質素だがお部屋は小ぢんまりとしていて落ち着くし、朝食も私には食べやすく大変良い。そして馴染んだところに再び訪れるということ自体もまた楽しい。しかし今回一つ予想外のことが発生した。「部屋が暑い」のだ。その理由は多分あの部屋が西向きだからだ。私の泊まった部屋だけではない。そのホテルの部屋は全室同じ向きにあるから全室西向きなのだ。階が上か下かによって日の当たり具合に差はあるかもしれない。私の部屋は5階だった。もし2階とかだったら多少マシだったかもしれないがその時はそこまで考えつかなかったので文句を言ってもしょうがない、我慢するしかないと思ってしまった。

 前回は冬だったのでそういう問題は起きなかった。そしてフィンランドは基本寒い国なので各部屋にクーラーなどはない。ホテル全体ではどうなのかわからなかったがエントランスや食堂や廊下が涼しかったのは多分クーラーがあったのではなくて単に日が当たっていなかったからだと思う。しかし私が部屋に入った時多分室温は30℃くらいあった。カーテンは閉まっていたし普通のカーテンの上から遮光用の黒い布も掛かっていたがそれでもなお部屋は照明が不要なほど明るかった。北欧とはいえ太陽光恐るべしである。私は薄物一枚になって(多分裸でも同じ)ベッドに寝そべっていたがそれでも暑かった。汗をかくほどではなかったのは湿気が少ないからだろう。せめてシャワーでも浴びてみるかと思ったらシャワーヘッドの不具合で普通の蛇口からしか水も湯も出せない。今すぐフロントに苦情を申し立てるというのも面倒で私はコップに汲んだ水(冷たくてもOK)を繰り返し体に掛けることで目的を果たした。

 私はその日の午後、部屋でまず機内食から持ち出したパンとハムとチーズとレタスを部屋に備え付けてあったインスタントコーヒーやティーバッグなどと湯沸かしポットを使わせていただいてまともなドリンクと共に味わうことができた。水でも飲んでいればいいかと思っていたのでこれは有難かった。ブータンのホテルではこういうサービスは必ずあったがヨーロッパのホテルではないところもあったから。そしてあとは夕方までゆっくり体を休めながら翌日の小旅行(スオメンリンナ行き)の計画を練った、というほどでもないか。波止場までは徒歩15分くらいだし、フェリーは早朝から深夜まで30分おきくらいに出ているらしいからあれこれ考える必要は何もない。そして17:00になると夕食のために外出した。

                  【S食堂に行く】

 向かったのはあらかじめ目星をつけておいた「S食堂」というところである。いかにも日本人がやっていそうな名前の飲食店であるが、調べてみると経営をしているのは日本で料理を学んだ中国人の 方なのだそうである。私はまあそれでもいいやと思った。何しろこのごろ私は食べ物が難しい。量が多いとダメ、堅いとダメ、辛いとダメ。脂っこいとダメなどいろいろある。昔は「海外に行ったら土地の物を食べるべき。醤油を持参するなんて見苦しい!」などと気負っていたこともあったのだが年を経て、それはいろんな意味で間違いだとわかった。地元の物をリスペクトするのは大事なことだがそれ以前に自分自身の健康の方が大切だ。旅先で体調を崩すと周囲に迷惑がかかるし・・。

 S食堂への道のりは300mくらいか。道すがらの夕刻の街路上はとても賑やかであった。散策をする家族連れ、友人連れ、街路にも並べられている飲食店のテーブルや椅子、日の長い夏の午後を思い切り楽しんでいる人たちという感じだ。17:00ならまだ夕暮れとは思っていないのだろうな。だって日没は23:00ごろなのだから。

 S食堂の座席数は12くらいだったか?、私のほかにお客は確か二人いた。メニューを見せていただいてうーん、と考えた。私にとってはちょっと重たいものばかりだった。(写真がついていて、量もあるように見えた。)唐揚げ、餃子、定食いろいろ…ボリューム系のものばかり。焼うどんが食べられるかな?とも思ったが、14・5€だったのでやめた。ほぼ2000円ですね。焼うどんに2000円使う気にはなれない。それでおにぎり二個セット6€と味噌汁2€を頼むことにした。合わせて8€ならまあ許せる。

          S食堂のおにぎりと味噌汁

 食べてみるとおにぎりは結構ボリュームがあって中身はシャケだった。しかもシャケの量が半端じゃなかった。よくはみ出さずに埋め込んだと感心してしまうほどガッツリ包含していた。しかし味は甘めでどちらかと言えばもっと塩気の効いているのが少量入っている方が嬉しい私にはちょっと食べにくかった。粕漬のシャケの切り身の4分の1くらいの量が入っていてご飯もしっかり握り固めてあったのでおにぎりは一つ食べるのが精いっぱいで、残りは持参のビニール袋に入れて持ち帰った。味噌汁は普通にしょっぱくて美味しかった。実は豆腐だったような気がするがなぜかよく覚えていない。おにぎりのお米は日本でいつも食べているものとちょっと違う気がした。粘り気はちゃんとあるのだが何だか微かに芯があるような・・・?炊き方が固めだっただけだろうか。いろいろうるさい客で申し訳ないことだが勿論そんなことを口に出して言ったりはしていない。

 そしてホテルに戻り、私は寝ることにした。前夜なぜか飛行機の中でよく眠れなかったので今夜はそれを挽回しなくてはならない。しかし例の暑さでそのままだとまた眠れないかもしれなかったので私はいつも使用している弱い睡眠導入剤の量をちょっと増やして服用した。習慣化するという心配をしなくていいようにほぼ毎晩弱い薬を飲んでいるのだが効かないこともある。でもそれでも飲んだということが気休めになって自力での眠りを後押ししてくれそうな感じもあるのでそういう服用の仕方をしている。それでその晩はその方法で暑い部屋でもちゃんと眠ることができた。

                【麗しのスオメンリンナ】

 6月26日(水)、薬が効いて6~7時間眠った後に夜中の2時ごろ目が覚めて「さっきのおにぎり何とかしなきゃ」と考える。何しろ気温30℃だ。具は梅干しとかではなく塩味の少ないシャケだ。長く置いておいてはいけない。朝食には7時に行く予定だからおにぎりを食べるなら今しかない。そう思って食べ始めたが半分食べるのがやっとだった。仕方がないので残りは廃棄処分にした。そのあとはまた少しウトウトしてやがて朝を迎える。ちなみに午前2時以降朝9時ごろまでは比較的室温が低かった気がした。28℃ぐらいだったかもしれない。

そして7:00,このホテルのメインイベント、と私が勝手に思っている朝食ビュッフェである。前回とほぼ同じ感じでこんなの・・です。まだ他にヨーグルトとかフルーツとかケーキみたいなのとか料理もいろいろあるのだが私が美味しく楽に食べられるものを集めるとこのようになる。

           26日の朝食

 朝食後少し休んだのち私は外出した。(いつもやることなのであるが、この写真の皿の上にあるものの左半分はサンドイッチに加工されて私のバッグに中にしまい込まれた。)7:50ごろホテルを出てスオメンリンナ行きのフェリーの出る船着き場に向かう。ガイドブックには朝6時ごろから深夜2時ごろまで毎時2~3便ずつ島との間を往復しているように書かれていたので私はしばらく船着き場あたりを捜し歩いたがどこが乗り場なのかすぐにわからなかった。その辺に人は沢山いるのだから「フェリーポートはどこですか?」くらい聞いてみればいいのだが日本にいても私はそういうことはあまりしたがらない。もちろんどうしてもわからなくていよいよとなれば誰かに尋ねるが出来ることなら人には聞かずに済ませたい。

 それで私は少し来た道を戻って昨日から何度も通っている公園内に入り、空いているベンチで落ち着いて調べた。ガイドブックではなくてスマホで検索した。意外とこういうので遠くの国のバスの時間までわかることがある。それに二年前に買ったガイドブックより情報が新しいかもしれない。そしてそこには「フェリー乗り場は大統領官邸の前」とあった。そんなところに大統領官邸があるなんて知らなかったが国旗がいろいろ掲げてある建物を見つけて「あれか!」と思った。そして確かにそこから海辺に向かって直線を伸ばすとフェリーが止まっている場所があった。それにしてもほんのちょっと見る場所が違っても門外漢にはわかりにくいことがよくある。

         ようやく乗船場所がわかる。

     フィンランドの旗が掲げてある大統領官邸

 チケットは自動販売機で購入する。鉄道の駅のホームにある券売機とほぼ同じものなので操作方法は同じはずなのにフェリーのチケットを買う時行きも帰りも私はなかなかうまくいかなくて近くにいた方々に手伝っていただく羽目になった。そして行きも帰りも券売機の前でもたもたしていたので一本ずつ便を逃してしまった。まあすぐ次が来るから特に困らなかったのだが。それにしても何が悪かったのか?ボタンを押す順番をちょっと間違えたとかそういうことだったのではないかと思うのだが。

 わずか15分間の船旅だがそれはなかなか良いものであった。乗客数はかなり多く見えたが問題なく乗船でき、しかも大半の乗客たちは眺めのいい2階席に上がってしまうので、階段を上るなんて面倒くさいと思う私は1階の船室に入ったがそこはがら空きでゆったり過ごせた。この国は19万個とも言われる数の湖を包含しているが周囲の海にもまた18万個、ヘルシンキだけでも300個もの島々を従えているそうである。私の目に入るのはそのほんの一部だがそんな小島の群れを眺めながらフェリーは世界遺産にもなっている歴史的な要塞の島、スオメンリンナ島に着く。(歴史的な詳しいことについては私はまだ特に調べていないのでここでは語らない。興味のある方は調べてみてください。)

          乗船しました。

 ここまでの私はこの島について瀬戸内海の島々の一つ、例えば小豆島とか宮島とかのような観光地だと思っていただけであった。もちろん日本の観光地のようなこれでもかというような商業施設や看板に覆われていたりしない素朴な光景が見られるだろうとは思っていた。(余談であるが私は日本の観光地の商魂たくましい売らんかな売らんかなの光景が嫌いである。もちろんそういうもののせいで便利に食事や買い物を楽しめるのだしそれが日本の経済を大いに潤しているのだし、あのごちゃごちゃした光景が外国人観光客の方々からは珍しがられてむしろ喜ばれているのだということはわかっているが、でも私は好きではない。だから私はそういうものを見なくて済むヨーロッパや人のあまり行かないような山や田舎に足を向ける。)しかしいざその島に上陸し、右に行っても左に行っても良いようなのでなんとなく行く人が少なめに見える左の方に歩き出してみると、すぐに橋があって、その橋は一本の入り江にかかっているのだと思ったが、後で調べてみるとそれは島と島の間の海、言ってみれば海峡であった。スオメンリンナ島は4つの島が寄せ集まって構成されていて、それらの小島はみな橋でつながっているのである。そしてそのあたりからこの島が予想以上に美しい光景に満ち溢れている場所だということが感じられてきた。

       スオメンリンナ島に上陸しました。

 例えてみると、私はまだ実際に行ってみたことはないしこれからも行く機会はなさそうであるが、L・M・モンゴメリー作の「赤毛のアン」の舞台であるプリンスエドワード島、そんな雰囲気である。もちろんプリンスエドワード島はカナダの一つの州になっているくらいなので広さも日本の愛媛県くらいあり、大きな町もあって田舎ばかりではないのだが、「こんなところが近くにあると知ったら日本の女性が大挙して押しかけそうな」場所である、というのが共通点だと私が思う部分である。そういう所はドイツのローテンブルグとかイギリスのコッツウォルズとかいろいろある。つまりどういうところかというと田舎であるにしろ街中であるにしろ山であるにしろ海辺であるにしろ泥臭くなく汚らしいところがなくガチャガチャしたところがなくせわしなさがなくいつまでも美しい光景の中で静かにうっとりしていられそうなところ、とでも表現できるだろうか。しかしそのような素敵な場所があったとしてももし日本で有名になって日本から女性グループが大挙して訪れるようになったらぶち壊しになってしまうだろうな。今なぜここで「日本女性」を強調してしまっているのかというと私も含めて今の30代から80代くらいまでの日本人女性の多くはやはりそういうものに憧れていると思うから。普段の生活の中でそういう平安を味わおうと思ってもなかなか味わえないから。・・・ともかくスオメンリンナ島の光景は言葉では語りつくせないものであったので写真を沢山撮ってきた。これらの写真でこの島の美しさのどれだけを表現できるのかとても心もとないことではあるのだがわずかでも理解していただければ幸いである。

 この島の広さはどれほどなのかよくわからないが小さな島である。210haと何かに書いてあったような・・。私は9:30ごろから14:00過ぎまで滞在したが、普通の速さで歩けば3時間で十分見物できる。その中で土産物屋や飲食店や博物館やスーパーにも寄れるかもしれない。私はとにかく足に自信がないのでゆっくり動いていた。しかし午後になってなんだか島にやってくる人が増えてきたので早めに戻った方がよさそうだなと思って船着き場に急いだ。しかしさっきも書いたように帰りのチケットを買おうとした時もまたもたついて船を一本のがしてしまった。

 集合住宅。この島にも住んでいる人たちがいる。日本人もいるらしい。

  プライベートなヨットとかを置いてある場所か?

 ところで私が朝からずっと不思議に思っていたことがある。フェリーに乗る人々は大勢いるのだが券売機でチケットを買っている人をあまり見ない。私が見た範囲では10人もいなかった。みんなちゃんとチケットを買って乗っているのだろうか?他ののところでもう買ってあるのだろうか?検札のようなものは全くないのでチケットを持たずにいきなり乗客の列に並んでしまっても問題なく乗れそうである。降りる時もチェックなど皆無である。どうしてもただ乗りし放題に見えるんだが・・・?もちろん私はそんなことはしない。そんなことをして行った旅行など気分が悪くなるだけである。

   このようなトンネルの道がよくある。

 帰りのフェリーの乗船前に可愛らしい集団を見た。幼稚園児らしい10人余りの子供たちで、2,3人小学生がまじっているように見えた。先生のような大人が5人引率していて子供たちはみなお揃いの、名称は何というのだろう、アマチュアのチームがバスケットボールの試合をするときに着用するような前後のゼッケンをつなげたような黄色いアイテムを服の上から装着していた。先生方が子供たちを指導している言葉がスペイン語だった。見ればたしかに皆スペイン人の顔をしていた。へぇ、はるばるスペインからサマーキャンプに?小中学生ならともかく幼稚園児が?それとも親御さんたちも同行していて近くで待機しているのだろうか?…そのあと私は切符を買うのにもたついてフェリーを一本逃したのでその子供さんたちと一緒の船にはならなかった。

      フェリーポートのそばの券売機

                【午後のヘルシンキ】

 ヘルシンキの街は午後になるほど人出が多いようだ。前日は午前中だけ動き回ったのでわからなかったしその日フェリーに乗る前もまだ朝だったのでわからなかったが、午後になってから明らかにスオメンリンナにやってくる人が増えたし帰りに乗った船も乗る人が多いように見えたが実際に乗ってみると一階だからかそうでもなかった。でもヘルシンキに戻って上陸すると波止場周辺も街路も公園も明らかに人が増えているので驚いた。気温も午後の方が高いと思うがそんなことは気にしないようである。

 もう15:00過ぎだったので私は本日の活動をそろそろ整理することにした。朝来た時と同じ道を通って、道すがらにある「ストックマン」という有名なデパートをちょっと覗いてみた。するとそこは新宿の伊勢丹や銀座の高島屋に匹敵するような高級そうなお店で、もうちょっといい服装をしていないと外見的にも場違いだな、と思ったので1階フロアの一部だけちょっと眺めてすぐに退出してきた。そしてそのあと、場所を見定めておいたホテルからそう遠くないスーパーに寄って晩の食料を購入してホテルに戻った。もうこの後レストランとかカフェを探すのは面倒だった。どうせ高いしねぇ・・。

 ところで夏のヘルシンキでは女性たちは皆お洒落を楽しんでいるなと思う。冬の間はみな防寒具を纏っているので同じような服装をしているが流石に夏になるとカラフルなワンピースを着ている人が多い。どちらかというと恰幅のいい方の方が多いがシルエットは特に気にしないようだ。それで私もこの日の服装は持ってきた中で一番フェミニンな感じのものにした。私は荷物を非常に小さくしてきたが、これでも寝間着以外で4通りの服装ができるだけのアイテムは入っていたのである。そして昨日の夕方と同じようにヘルシンキの長い午後は賑わっていた。(もっと言えば夜かなり遅い時間までホテルの窓の外がうるさいなと思っていた。)

 ホテルから500mくらいのところにある「K」というスーパーマーケットに行った。本日出かけた方面とは反対方向にあるがちょっと頑張って行ってきた。そしてサンドイッチとプチトマトのパックと牛乳を500ml買った。でも私に適量の食品を探すのはかなり大変だった。キヨスクほどではないが値段も高めだし。でもサンドイッチはできるだけ安い物を探せばおのずから量の少ないものに当たるので頑張って2.3€のものを探し出した。でも中身は何なのかよくわからなかった。食べてみたらかなり辛かった。牛乳があってよかった。プチトマトは一番小さいパックだが18個入っていた。でも何とか翌日の搭乗前までに食べきれるだろうと思って頑張った。それからちょっと不便だったことがある。食品のパッケージの表記に英語がなかなかないのだ。フィンランド語と、あとは多分スウェーデンとかノルウェーがデンマークあたりの言葉である。せめてドイツ語を入れておいてくれたら食品の名前くらいはわかるのに・・・。紙パックの飲料など何のジュースなのかわからない。牛乳はパッケージのデザインが一目瞭然なのをやっと見つけて安心して買った。もちろんお店の人は英語がわかるから聞けばいいのだが。でもやっぱりできれば聞かずに済ませたい人間である。そのくせついでにお土産用にとチョコレートを買おうとしたとき棚にぎっしり積まれ過ぎていたチョコレートが触ったら崩れ落ちてきてしまったので、近くにいた店員のお兄さんにやんわりと苦情を言うことはした。お兄さんは「オー!アイムソリー・」と笑っていた。

 そして16:00ちょっと前にホテルに戻る。相変わらず暑いが今晩のシャワーの状況は少し進歩した。洗面台に付属していたシャワーヘッドを使うことを思いついたのだ。洗面台そのものはあまりに小さく、このシャワーって何のためについているんだろう?こんな小さい洗面台では髪を洗うのも大変じゃないかと思った。でもシャワーのホースの長さが1mくらいあったのでこれをシャワースペースに引っ張り込めば使えるぞと思いそのようにやってみた。ほぼうまくいった。洗面所の床に水が多少はねたが足ふきマットがあるので問題なかった。

            ホテルの部屋で夕食

 その晩はあまりよく眠れなかった。前夜よく眠れると次の日は難しいということはよくある。でもまあなんとかなるさと思い込むようにする。それよりも昨夜の食事の牛乳とサンドイッチ内のカプサイシンがよく効いて二日間くらい便秘をしていたのが回復してきたことを喜ばねばなるまい。

                【最 終 日】

 6月27日(木)眠ったんだか眠っていないんだかよくわからないが午前3時すぎからはもう目覚めている。どっちみち今日は昼近くまで部屋に居られるんだから、とブログ用原稿の下書きをいろいろ試みる。7:00過ぎに服を着て朝食に行って、戻ってきたらまた寝間着になって10:30ごろまでうだうだしていた。下書きはなかなかまとまらず完成にはまだほど遠い。でも時間の流れとともに纏まってきたりするから焦らない。

           27日の朝食

 12:00までいたっていいのだが控えめな性格なので11:00少し前にホテルをチェックアウトする。そしてなるべく好きになった道を通ってヘルシンキ駅に向かう。駅の建物に入ろうとしたときなぜなのか赤い馬車が通った。何のために使う馬車なのかわからなかったが「えっ!?」と思って急いで撮影しようとしたが例のごとくスマホを立ち上げるのが間に合わず後ろ姿しか写せなかった。

          何の馬車でしょう?

 そして予定通りに来た時と同じ電車で空港に戻る。この時私はうっかり間違った切符を買い、すこし多くお金を払ってしまったがその時はよくわからず今まで買っていた切符が間違いだったのか?などと考えていたりしたので払い戻しとかをする余裕はなかった。そもそも間違えた場合の払い戻しってどうやるのか全くわからない。もう発車しそうな電車に乗ることで精いっぱいだったから余分に(2€くらい)払ってしまったお金は諦めるしかなかった。

 電車の中で2歳くらいの孫娘さん(だろう)を連れた女性と席が向かい合わせになった。女の子は見知らぬ私に興味があるようでじっと見つめてきた。祖母らしい女性はドリンクのボトルを開けようとしたとき中身を少し飛ばしてしまって、それが私の服にかかったのではないかと思って慌てていらしたが幸いかかったりはしていなかった。でも特に会話はしなかった。彼女たちはフィンランド語を話していた。なぜわかったかというと私のいつでも忘れずに覚えていられるたった3つのフィンランド語がちゃんと会話の中に出てきたからである。「キュッラ(はい)」と「キートス(ありがとう)」と「レントアセマ(空港)」。他の言葉も一生懸命覚えてみたのだがなかなか定着しなくてすぐに忘れてしまう。でも「はい」と「ありがとう」は基本中の基本だからだけど「レントアセマ」は空港付近にいるとアナウンスなどから自然に何度も耳に入ってきて覚えてしまうのだ。

 フィンランド語についてだが、この言葉は日本語と響きがよく似ている。母音が多かったり長音が多かったりするからのようだ。街中で「あれ、日本語話してる?」と思うことがよくある。でも耳をすませてみると全然違う言葉なのだ。フィンランド語ではない言葉もよく聞いたが英語でもドイツ語でもなかった。可能性の高いのはスウェーデン語だが他の近隣諸国のものかもしれない。

 ちなみにどこかで一度くらい日本語を聞いた気がする。街中を歩いていてそう多くはないがたまにアジア系の人を見かけることがある。でもそのへんに住んでいる人のようで観光客集団ではないから喋っているのは聞いていない。でもでも中国語が聞こえてきたことはあった。観光客のグループだったようだ。英語は空港とかお店とかホテルでしか聞いたことはなかった。

 12:00ごろ空港に到着する。まだしばらくは到着ロビーで過ごす。空いている椅子を見つけて例によってホテルの朝食の時食べきれなかったものを昼食としてそこで食べる。そして14:00ごろに出発ロビーに移動して一時間くらい潰したあと、チェックインの列に並ぶ。羽田行きのこの便に乗るのは殆ど日本人のようだが欧米人の姿もちらほら混じっている。みんな殆ど喋っていないのでアジア系の外国人がいたかどうかはわからない。

 トラブルがあったわけではないが何かと手間取ることがあって、やっといろいろな関門を通過し終えて搭乗予定者だけのエリアにたどり着いたのは16:00を過ぎていた。私は実はここに来てからお土産を探そうと思っていた。前回の時にはこのエリアにマリメッコやムーミンのショップなどがどの搭乗ゲートからも遠くないように複数設置してあったから。市内のショップで買っていろいろ面倒な思いをするよりも空港の免税店で買った方が手間が少ないと思っていた。ところがその時には私の目指すショップは全くなくなっていた。あるのはディオールとかランバンとか私の生活には全く縁のない高級店ばかり。イッタラなどはあったが食器ではなぁ・・・。それでもうお土産を買うのは諦めた。まだ板チョコレート三枚しか買っていないが何とかなるだろう。もう開き直って羽田で買って帰るか・・・(笑)

 それにしてもものすごく疲れた。もう動きたくないくらいだったがようやくビジネス客その他の利用できるラウンジにたどり着いた。お腹もかなり空いていたのでサービスの料理もしっかりいただくことにした。ケーキやポテト料理が美味しかった。お代わりまでしてしまった。でもほどほどでやめておいたので機内食については大丈夫である。私はこのラウンジで2時間弱の休憩をして17:45ごろ搭乗ゲートに向かった。

      ラウンジでサービスの食事

            お代わり!

                    【帰 国】

 そして帰国便は予定通り18:30に日本に向かって飛び立つ。来るときのように足がつるようなことがないといいが・・・と思いながら過ごす。そして前夜寝不足だあったのでまた睡眠導入剤をいつもより多めに服用して臨んだので幸いよく眠れることは眠れて足がつることもなかった。二回の機内食も美味しくいただいた。でももちろん完食できる量ではなかったし、デザートとか、毎回「お腹がもういっぱいなので結構です。」とお断りしていたので一度も見たことがない。それから朝食にあたる最後の機内食だがあまりに豪華なものだったので、今までだったら料理は出来るだけ食べて、パンやヨーグルトなどはこっそりテイクアウト・・・だったのだが今回はそういうことをする気になれないほど疲れていて「荷物が増えるのは嫌!」状態だったので全ての料理もパンもヨーグルトも一口ずつかじった状態にしてきた。綺麗な状態で残したってどうせ捨てられてしまうんだものね。実際お土産をチョコレートしか買わなかったのは買おうと思えるものがなかったせいもあるが、「重くてもうこれ以上持てない!」と感じていたからでもある。いや、ほんとに体力がなくなって悲しいし情けない。でもこれが人生というものか。こうやって人生を締めくくっていくものかと思ってしまった。秋に予定しているスペイン行きではとにかく無事に帰ってくるまで体力をキープすることが最重要目標だ。だから荷物も今回以上に軽量化をはからなくてはならない。お土産もチョコレート数枚持てれば上等だ。(しかし余談だがたった一つだけ、スペインで私がどうしても買ってきたいものがある。それはフィデウオという名の細かいパスタである。日本ではどこにも売っていないようなので)

     復路の機内食一回目。フィンランド時間で20:00ごろ。

   帰国直前、最後の機内食。日本時間12:00ごろ。

 足がつったりすることはなかったのだが帰りの飛行機ではまた予想外のことになった。機内の乾燥のせいなのだろう、激しく喉を痛めてしまった。目覚めている時には水をちびちび飲み続けていたし、ペットボトルの水がなくなってしまってもう一本いただいたりした。それでもずっと喉の違和感が消えなかった。飛行機から出たら治るのだろうと思っていたが、入国手続きがちゃっちゃと済んで到着ロビーに出たとたんにひしめき合う外国人の群れ!その混雑の風景を見てどっと疲れが出てしまった。何でこんなに人がいるの?しかも外国人ばかりだ。もうお土産のことなどどうでもよくなった。とにかく早く帰りたい!大宮に直行するバスはないかとさがしてみたが見つからず、しかたなくモノレールに乗ることにした。しかしこのごろいつも羽田からのモノレールってすごく混んでる気がする。行くときはゆったりしているのに。駅も電車も何でこんなに混んでいるのか?羽田に飛行機が着いたのがちょっと遅れたけどまだ14:00だからまだラッシュアワーの時刻ではない。でも上野東京ラインに乗るとか、面倒くさい。京浜東北線でいいや。…京浜東北線では奇跡的に座れた。でも人ごみの気にあてられて疲れ切って、大宮からはタクシーで帰った。蛇足だがこのタクシーでも旅行の続きでカード支払いをした。カードで払う時って何か気が大きくなる気がする。(笑)

 待っていた夫と娘は私の留守中に大部頑張ってくれたようだがも炊事関係には飽き飽きしているようだったので私はスーパーに行きできるだけすぐに食べれる食材を買い集めて夕食を整えた。そして私もちゃんと食事をして寝たのだが、翌日から飛行機内の乾燥による喉の不調をこじらせてひどい風邪のような症状になり次の日一日と更にその次の半日寝込んでしまうことになった。吐き気まではないが胃の具合が悪く何も食べられなかった。そのあと次第に回復していき帰国4日目くらいでほぼ平常に戻ったが喉の不調はなかなかしつこくて、ある時ちょっと普通の刺激も何もない飴をなめようとしたら何のアレルギーかと思うほど激しくせき込み、ひょっとして死ぬんじゃないかと思ったくらいだった。しばらくもう飴を口に入れるのが怖くなってしまった。

 そんなだったから帰国後二日間ぐらいは秋にスペインに行けるのか(私の健康についての不安だけで十分になってしまった。)とかなり悲観した気分になってしまっていたが体調が回復したらそれは消えてしまった。そうだ、前回冬に行った時にはまだマスクをつけていたからな、多分それが良かったのだ。それ以前の旅の時はまだ今よりずっと若かったから乾燥が気にならなかったということもあるかもしれないが、エコノミークラスで人が密集している状態だったからそこまで乾燥しなかったのかもしれない。だから多分この次は機内ではマスクをしているようにすれば大丈夫だろう。健康状態にも気を付けて16時間のロングフライトに堪えられるようにしておこう。

  今回の旅の荷物は全てこの中に。紙袋一つさえ増やさなかった。

                  【お ま け】

 今回の旅ではとてもたくさんの写真を撮ってしまった。スマホから「もう容量がない」と何度も告げられて慌てて古い写真を消しまくっていたほどである。そのためそれらのあまりに多すぎる写真を文章の間に挟み込むことがとても難しかった。写真は場所をとるのであまり繋げて載せると読みにくくなってしまうからである。それで私はスオメンリンナ島で撮影した写真の後半部分を文章の間には挟み込まずに後ろにまとめて載せさせていただくことにしたのでどうかご了承いただきたい。スオメンリンナ島の風景はどの順番から見ても差し支えなく美しいので支障はないことと思う。

 

 これ、見えにくいけど鳥が沢山いるんですよ!かもめとはちょっと違う。

 上の二枚、何かの慰霊碑。1937年に大勢の人が亡くなったらしい。詳細不明。

        フェリーポートの近く。

 これで終了である。長い間お付き合いいただいてありがとうございました。

                   【完】

 

 

 

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